物事を捗らせるために必要不可欠なもの

って、何だと思う?

人によって違うこともあるので飽くまでも私の持論ですが。

勉強を頑張っている学生によくするお話。

それは、「休憩」すること。

休むこと!!

全て行き詰ってダラダラやっていても、物事は決して捗らない。

そんでもって体もしんどくなるし、それに伴い精神も疲れる。

それだけでなく、勉強に関してはただただタスクをこなしているだけの状態になってしまうことが多く、根源の理解にはなっていない。

それだけ強制的に向いていない物事も学校でやらされているからなんだけど。

自分の人生のための学びではなく試験のための勉強になっちゃってるからね。

日本人はそれに加えて、勉強だけでなく仕事でも休むのが良くないだとかなんとか言われたりする。

やってる姿勢見せなければいけない、とかね。

そんなループにいると土日を待ちわびて日々を過ごして、日曜の夜が来ると憂鬱になったり。

でもよくよく考えてさ、そこまで魂が嫌がってることするの、おかしくない!?

こんなこと言っている私の方が、おかしい!?

本来ならば、やりたいことのために土日に英気を養い、「よし!また1週間頑張ろう」というモチベーション満タンな状態でスタートする月曜日であるはずだ。

休むことって、嫌なことから解放される時間じゃなくて、好きなことを目一杯やるために、そしてそれを幸せに還元するために自分のパワーをためる時間であると思うの。

私自身がそうだからかしら。

というかさ!!

単純に!!!!

疲れてる時くらい休ませてよ。

仕事が好きで好きで、こんなに楽しいことならずっとやっていてもいい!と思うけれど、やっぱり体力的には疲れる。

でも精神は幸せ。

本当は、様々な社会の中で人生に限界を迎えている人たち皆に「全てほっぽって、休んでいいよ。」と言いたい。

勉強疲れたー!!ってなったとき。

もう仕事しんどいな、、ってなったとき。

でもこの案件が、、

明日までの課題が、、

受験生の夏はみんなが遊ばずやってるから、、

そうなんだよ。

それは、その通り。

その社会構造の中にいるとね。

でも、たまには全部ほっぽって思いっきり空気すってもいいんじゃない?

ボーーーーっとしてもいいんじゃない?

そして、その「いいんじゃない?」が許容される社会にならないものか。

世界は、広い。

自分を見失ってまで、身と精神を擦り減らしてまで、やらなくていい。

私たち人間は、結局は人の中で生きている。

昨日の記事でも書いたけれど、この世には先生、生徒、上司、部下、○○大学出身等、色々な肩書があるが、それを取っ払えば、全てただの人だ。

本来、皆対等だ。

対等に思いやりをもって接し、対等に尊敬し合い、調和しながら生きていく。

人と気持ちよく調和しながら生きるにおいて、守るべきモラルやルールはあるけれど、本来”こうでなければならない”というしがらみはない。

簡単な話、身も心も疲れ果てている人たちへ

休んでいい。

「やりなさい」と言われてやった結果が自分の精神を擦り減らし、自分が自分でいられなくなってしまったら意味がない。

今いる社会だけに囚われなくていい。

勿論、そこで身勝手になるのは違うけどね。

それに気づいている人はどのくらいいるのだろうか。

もっと、他を思いやる余裕がある自分に。

そして、英気を養う有意義な休みを。

そうすると、物事が信じられないくらい捗ったりする。

でもそれって、本当に自分がしたいことに限ったりするんだけどね。

魂が喜んでこそ、人生は輝く。

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