本当の”素晴らしい”とは

今、私は隣に座っているおじさんに猛烈に感謝している。

もちろん知り合いな訳でも無いおじさん。

たまたまカフェで隣に座ったというだけのおじさん。

名前も知らないおじさん。

顔もよく見ていないおじさん。

でも、私はこのおじさんのお陰で嬉しい気持ちになっている。

そんな私は今近所のコメダ珈琲にてSNSの更新やら書類整理やら、請求書の発行やらをしてるノマドワーカーであり、俗に言う長居しまくりの客。

なのにコメダ珈琲の店員さんは笑顔で水を取り替えてくれる。

神様!!?!?!??!!?

私の癖かもしれないけれど、こうしたカフェやレストランでの店員さんに対する客の態度が気になる。

注文の仕方や言葉遣いの丁寧さ。

私の中ではお客様は神様という概念は全くなく、どんな場所でも対等に1人間と接する場であると思っているし、良い客、良い店員の関係がただ単に気持ちいいと感じるから。

人と接することが好きだから、ということもあるのかな?

逆に態度が気になる店員さんもいるけれど、近所のコメダ珈琲の店員さんは皆丁寧で、本当に気持ちよく滞在が出来る。

そんなこともあってか、ここではより一層客の態度が気になる。

そんでもって、たまに人に敬意を払っていないと見られる人もいる。

そんな場面に遭遇すると何故か私までダウン。

ああ、店員さんが頑張ってそして楽しんで接客するようなモチベーションが下がるじゃあないか、と。

何故か感じてしまう。

まさにそんなことを感じていた時、隣におじさんが座った。

そんなおじさんの注文を聞いたらこっちまで嬉しくなった。

特別丁寧な訳でも、特別言葉遣いを気を付けているという訳ではない。

でも、やさしいおじさん。

ミニシロノワールが思ったより大きくて店員さんに「おお!こんなに大きいんだね」と微笑みかけるおじさん。

さてここまでおじさんと何回連呼したでしょうか。

ということは置いといて

食べ終わり、お皿を下げに来てくれた定員さんに一言、

「ごちそうさま、美味しかった」

ああ、素敵。

思わず話しかけたくなった。

自分だけではなく、他人も気に掛ける余裕が、人生には必要だ。

最近、三菱電機のパワハラ自殺の記事を目にした。

三菱電機での自殺記事を目にするのはこれが初めてではない。

上司が新入社員に向かって「これが出来ないのなら自殺しろ、ほらそこに窓があるじゃあないか」等と人格を否定するような言葉を毎日浴びせ、自殺まで追い込んだそう

殺す、自殺しろなんていい大人が他に向けて発する、そして未来への可能性を奪う。

この文面だけを見れば恐ろしいと感じる。

が、

その人は、世間で見ればエリートで素晴らしい。

その人もまたいい大学へ行き、エリート大企業である三菱電機に入り、”素晴らしい”と言われる人だろう。

世間的には”素晴らしい”に分類される三菱電機。

でも、見て、人間を。

それって、本当に素晴らしい?

いかにこの社会が、この日本が、その人の本質を見ないのか、

人を人として見ずに表の肩書でしか見ないのか。

上司、新入社員、大学、年齢、店員、客。

様々な肩書があるがそれを無くせば人間に偉いもすごいも何もない、威張る必要も。

皆、一緒だ。

本当の素晴らしいって、何だろう。

私は、私と関わってくれた人が一瞬でも、嬉しい気持ちに、幸せな気持ちになって欲しいと思っているのだけれど

まさにそのおじさんはその私の気持ちを体現してくれた。

結果、私まで幸せになってしまった。

ああ、私もやさしいひとに。

そして、私も誰かの幸せな人生の一部に。

ありがとう、おじさん。

ここまで、おじさん13回。

今の含めて14回でした。

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