勉強を見てもらう=成績が上がるではない

受験シーズン、真っただ中。

昨日は、最後のセンター試験でした。

受験生、一先ずお疲れ様!!

あと1か月もすると受験も間もなく終わり、卒業シーズンに向かいます。

そして今年、また新しい受験生が誕生する。

受験生=予備校・塾というイメージがついているということもあり、この春から入塾を考えている方も多いのではないかと思います。

塾側も、新入生の受け入れに向けて様々なキャンペーンを行います。

そしてまた、新学期に。

塾は確かに勉強をサポートする場でもありますし、偏差値や試験の点数を上げるものという認識が強いと思います。

塾は、確かに成績向上のためには効果的。

まず、塾の利点として下記の点が挙げられます。

  • その空間に行くだけで強制して勉強をする時間を作れる
  • 効果的且つ効率的な勉強の仕方を教えてくれる
  • 自分で解けないところを講師がしっかりと今一度解説をしてくれる
  • 塾によっては勉強計画表等の計画を立ててくれる
  • 塾でしか扱っていない教材を使うことができる
  • 情報が多い

中には、大手塾等は独自に研究され尽くした模試を実地、自分のレベルをしっかりと把握できたりします。

でも、言わせてくれ。

やってくれることは、確かにやってくれる。

でも、結局は自分がやらなきゃ成績なんて上がらない。

どれだけサポートしたとしても、やるのは生徒自身。

私たちはライフコーチでもなければ、アスリートについて回るコーチでもない。

私たちは勉強のサポート、私で言えば英文法をその子のやり方に沿って教え、学びを与えることと勉強をどのようにするのかというヒントしか与えられない。

誰かに勉強を見てもらえば、塾に入れば、成績が上がると思うのは大間違いだ。

勉強をするためのサポートは、懸命にやってくれる。

けどね!!

結局はそれが出来るかどうかは本人にかかっているということ。

勉強計画を一緒に立てたとして、その生徒がそれに沿って勉強をしていなかったら伸びないに決まっている。

生活習慣や家庭環境、性格を変えることもそこに介入することも出来ない。

それでもそれをしてほしいというなら、誰かその子のことを監視してここからここまで絶対にやってこいよ!!これまでに、こういうスケジュールで!!と強制する強制マンの方が必要だ。

それか、二人三脚でその子だけについてくれるコーチ的存在。

試験の為に嫌々勉強をしている生徒が殆どというこの日本社会の現状で、よくある生徒の特徴。

勉強に対して、プライドと逃げを持ち合わせているということ。

例えば、「あ、この問題は全部同じパターンだからこうやって解けばいいや」とか「この点数はここ暗記しておけば解けるから別に理解はいいや」とか。

本当の理解になっていないから、応用力が育たない。

本当の理解をさせるより先に、学校や予備校で範囲が進んでしまう、から分からないがどんどん積み重なるー!!というループ。

そんでもって成績が悪い=かっこ悪いという風潮があるからか、分からないところを隠しがち。

変なプライドもある。

逆に、プライドも何もなく、分からないと認めて素直に一生懸命な生徒はグングン伸びる。

何でかと言ったら、簡単。

やるから。教育のプロに言われたことを素直に。

他に話すといつも驚かれることがありまして。。

例えば10人に「来週英単語の小テストをやるからここからここまでやっておいてね」と言ったとしても

やるのは1、2人いるかいないか。

これ、不思議なことに進学校の生徒でも同じ!

逆に言うと、塾は「本人が勉強に向き合ったら成績が伸びる場所」であるということ。

予備校や集団塾はそれらが出来る子前提なのでどんどん進む。

出来ない子は置いていかれる。

でも、学校と違い受験に特化した勉強を教えてくれるし対策もしてくれる、だからこそ自分でしっかりついてこいよ、というスタンス。

個別はもっと丁寧に一人ひとりに向き合う。

から、生徒の気持ちにもっと寄り添ってあげられるのは確実に個別。

そして一対一、もしくは二対一だから弱点補強など、オーダーメイドの勉強が出来るのでそれまで勉強に手こずっていた生徒も点数が上がりやすい。

その分値段は張りますが。。

EFL英語塾では、そのもっと先を行きたいという気持ちがありまして。

ただ目の前の成績や偏差値を見ているだけだと絶対に育たない人間力にもしっかりと目を向けていきたい。

生徒がどんな性格なのか、何に向いているのか、魂が本当に喜ぶこととは何なのか。

私は強制マンではないので、生徒の成績だけを考えて動くことは出来ない。

何よりも大切なのは、その子たちが自分らしく生きられるように、彼らをまず一人間として認めてあげること、

そして彼らと一生懸命歩むという心強い存在になるということ。

別に、いい成績を取ることだけが人間の価値を決めることではない。

良い大学に入って、良い企業に入ることが正義なら、幸せなことなら、何故自殺者が絶えない?

何故皆、早く週末が、休みが来ないかと仕事の愚痴を言いながら働く?

特に学生は、試験での結果・勉強の不出来で優劣をつける学校という社会にいる。

このキラキラとした目を持つ彼らを、未来への可能性で溢れている彼らを押さえつけるということは、出来ない。

塾に頼る、講師に頼る、そして子ども自身でなく他に責任転嫁する前に。

まずは、子供と向き合う、そして自分自身と向き合うこと。

目先の、上辺のハードルをとりあえず超えるための勉強なのか、それとも人生を自分らしく躓きながらも立ち上がり、学びとともに生きるための勉強なのか。

考えるべき問題でもある。

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